なんでもないものがアートに見えてくるという試み
ON THE TRIPはPROJECT ATAMIと連携した熱海のまち歩き公式オーディオガイドを2022年2月にリリース。ON THE TRIPでは「まち歩き」をまるで美術館、博物館をめぐるような新しい観光が体験できるデジタルガイドを制作している。熱海の街には「これなんですか?」と聞きたくなる不思議な物がたくさんある。雅なる物も俗なる物も、政治家から流れ者まで色々な人たちが集まり混ざりあってきた熱海にはその物語もまた色濃く残されている。
熱海には PROJECT ATAMI という熱海の魅力をアートで再発見して目に見える形にしようという試みがある。アートの定義は人それぞれであるがON THE TRIPは、熱海にすでにある物、しかしその物語を知ることで「なんでもない物がアートに見えてくる」という体験をガイドしたいと考えている。ON THE TRIPが集めた物語はあくまで街の人たちから聞いた風説ならびに噂話である。事実であるかは別にして、熱海の街を再発見する新たな手がかりとなるかもしれない。
熱海の全体像を俯瞰する
熱海を旅する前にまずは熱海を一望すると、熱海の街が視界におさまるサイズ感であることがわかる。熱海市観光協会のある道を地図上で川に沿ってさかのぼっていくと、スナック、旅館、ラブホテル、ラーメン屋、専門学校、見番、病院、スーパーと並び、多彩というより混濁をきわめた熱海らしい街並みが感じられる。古くから温泉地として発展してきた熱海には江戸の徳川家や明治の政治家などの権力者、当時のアーティストである文人墨客が訪れるリゾート地でもあった。その後日本が発展するにつれて一般人も押し寄せるようになった熱海だが1923年の関東大震災による津波で壊滅的な被害を受ける。それから27年後には熱海大火によって再び被害を受けるも驚くべき速さで復興を遂げ、現在の街並みができあがっている。
そんな熱海の街の性格として「金持ちのシムシティである」と表現されることもある。西洋では牛肉を食べるらしいと聞けば牛鍋屋を作り、お忍びで訪れる人が多いからとこっそりホテルに行けるお忍び坂を作った。そうしてお金持ちの道楽ともいうべき要望に沿って街が作られていった側面が熱海の街にはある。同時にワケありの人も熱海に行けば仕事が見つかるからと集まってアンダーグラウンドな文化を作りあげていった。さまざまな人が小さなエリアで密に混じりあいながら走り続けてきたのが熱海の街では、家の中に置けるアートにこっそりとお金を使う人が多かった。売れない画家が季節労働に来ることも多く、熱海は昔からアートの町だったと言えるのかもしれない。
ON THE TRIPについて
ガイド制作を手がけたのは国内の寺社や美術館、芸術祭などの公式オーディオガイドを手掛けるON THE TRIP。地図にマッピングされたスポットを音声ガイドを聴きながら巡ることのできるオーディオガイドアプリを制作している。 日本語のほか訪日観光客向けに英語、中国語にも対応し、また今回のプロジェクトのように街をアートに見立てる取り組みや、美術館との相性もよく、全国でガイドの取り組みを展開している。丹念に取材してつくられるガイドは、まるで映画や小説のように人の心を動かす作品。文化財やまちの歴史、その土地が持つ物語を楽しむことができる。ガイドを聴くことにより訪れた場所への理解が深まり、旅の体験がふくらむ。