NYアートブックフェア2018

はじめまして。ニューヨーク在住のデザイナー、河端亞弥と申します。 日本国外におけるデザインについての「こと」や「なにか」を書く事になりました。 未だにデザインとは、何なのか考えながら冒険中ですが、そんな私が日常でデザイナーとして個人的な視点も交えながら面白かったことや紹介したい事を中心に、ぽつぽつと皆さまへお伝えできれば良いな、と思います。 ということで、今回の第1回目は秋に行われたニューヨークの本のお祭りから…。

「本のない部屋は、魂のない肉体のようなものだ (A room without books is like a body without a soul)」

マルクス・トゥッリウス・キケロ

ローマの古い一節を拠り所にして、フェア開催中におけるMoMA PS1の建物空間を遠望すると、その佇まいは、まるでおびただしい数の魂を抱え込んだ巨大な生物のようだ。 今年で13回目となるニューヨークアートブックフェアが到来した。

書物の販売を中心とした年に1度の祭典「New York Art Book Fair(NYABF)」 は、ニューヨークのロングアイランドに位置するMoMA PS1で開催される。28カ国から出展者が集う世界最大級の本のお祭りである。

この時期になると、私の周辺のグラフィックデザイナーやイラストレーター、プリント愛好家、印刷物マニア、本オタク、変態的タイポグラファー達などの間で、「ブックフェア行く?」「行った?今年はどうだった?」といった話題がちらほらと飛び交う。

Long island cityにぽかりと佇むMoMA PS1は、現代アートの極みMoMA(ニューヨーク現代美術館)の姉妹的存在である小さな美術館だ。再利用された廃校に現代的なコンクリで増築されており、なかなか味わいのある建物である。あまり知られていないが、PS1と謂われるのもPublic School No.1という学校の名称が由来だ。

ここでは若手の作家を主にした展覧会と、アート関係のイベント等が年間数多く行われている。そのイベントの1つがこのフェアだ。 毎年秋になると、ここへ世界各地から生まれたての本の魂が集結する。New York Art Book Fairという名の怪物の出現だ。

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主催者はPrinted Matter, Inc (プリンテッド・マター・インク)。 アーティストたちの自費出版本を輩出する書店として、NYを拠点に1976年より運営を続けてきた。

入り口からあふれる熱気(エネルギー)に圧倒されながら、怪物の腹の中へと一歩滑り込む。

気づけば、周囲は本と群衆が、うごうごと炸裂している。 まるで混沌としてカラフルな言葉が浮遊している息の出来ない川の中だ。

1メートル間隔毎に続くそれぞれのブースを通り過ぎると、酔いそうな心地さえする。 めまぐるしく切り替わる人々の頭の中を、幾重にも重複して渡り泳いでいるような気分だ。

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出展者は、各自確保した小さな仮設ブースで本を販売する。 普通の書店と違うのは、Zineと呼ばれる自費出版された本や、スモールプレスの本がメインで販売されていることだろう。 個性的なアート書籍がメインの出版社や希少本を専門に扱う専門店、美術館なども出展している。

フェア開催中の3日間は、建物の地下から3階、そして野外に至るまで PS1は個性的な書物でびっしりと覆われる。

お気に入りの1冊を探し求め、 来場者はこの巨大生物の腹の中で目を凝らしながら宝物の発掘を続ける。

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通常は冷気に包まれたコンクリートと煉瓦の室内空間は、9月後半でも巨大扇風機を必要とするほどの熱気を帯びる。ありとあらゆる印刷物が堆積し、キャパオーバーの人数から排出される二酸化炭素によって薄くなった空気は紙とインクの香りを纏いながらゆるやかに漂う。

Print

とにもかくにも多種多様な本を前に、多種多様な人種が、ひたすら本を求めて、鼻息あらくわらわらとしている。その全体像と個々の関係性は、本というキーワードの輪郭をわずかに保ちながら 1つの方向性を示している魚群のようでもある。 それでいて各自は、それぞれ全く別々の顔をしている。

通常のアートフェアというと、全体の統一性があり、どことなくキュレーションされた雰囲気がある。しかしこのブックフェアは、驚くほど個性的で、自由気ままで非統一的だ。 出展者全員が「本」という名の四角い紙の束を販売しているだけにも関わらず、である。

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私も数年前にノルウェーで友人と製作した本をこのフェアで販売させて頂いた事がある。これがその時の「Norway No way」 リソプリントの限定生産本だ。

ジョークのようなタイトルであるが内容は至ってマジメだ。

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Pages from Art Book: Norway No Way / Designed by Aya Kawabata

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Pages from Art Book: Norway No Way / Designed by Aya Kawabata

写真で開かれているページの内容は、私が街からインスピレーションを受けて描いたスケッチ。フェアではこんな雰囲気の特殊印刷の本などが沢山売られている。
1点1点微妙にプリントの具合が違うのも魅力の一つだ。

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一般書店に並ぶ本の多くが、過去の思想の対話だとすると、ここにある本のほとんどは、目の前にふわりと舞い降りたばかりの会話のようなものだろうか。

通常の本が、砂上に残った先人達の足跡を辿る旅だとするならば、生まれたてのZineは、前方を望む旅人と共にあるく冒険といったところか。

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息の詰まる熱気に身体が慣れてくると、この活気ある空間はどことなく、新鮮な野菜を生産者自らが販売している朝の市場のような場でもある事に気づく。 世界各国の畑で作られた、工夫を凝らして育てられた「本」という名の新種の野菜。その中から、とれたての新作を吟味して買い物かごへ放り込む。

怒濤の3日間を過ぎると、この不可思議な市場はふたたび群を崩す。

散り散りになって、各々の方向へ泳ぎだし、やがて蜃気楼のように消えてしまう。

祭りを後に、家へ持ち帰った宝物を、くつろいだ食卓で口にしてみたその味は甘いかもしれないし、苦いかもしれないが、きっとまだ食べた事のない、心躍る味わいであるに違いない。

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イラスト / 写真 / 文 / 河端 亞弥
Illustration, photography, and writing by Aya Kawabata

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